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「マザーズ・マザー」の会 立ち上げました。
こんにちは、こんばんは。
「マザーズ・マザー」の会 立ち上げました。

永年の念願でもあった、お母さまの為の会を主催したいとの強~い思いから、この程スーパーマザーよりは優しい雰囲気の、「お母さまを優しく育てるお母さん」の意味合いから、「マザーズ・マザー」の名前をつけました。

脳科学の面からサポートをしてくださる石山先生は、「花嫁修業」ならぬ「花母修業」ですね。と笑って言われましたが、まさにそんな感じでスタートしたいと願っています。

ある日突然、母親になり、右も左も判らないまま育児がスタートし、目の前の事に追われて育児をゆったり楽しむ事も出来なかった私としては、「花母修業」ができていたら、どんなに安心して子育てが出来ただろうと、今 思います。

明治の母は、昭和の母より偉かったのではないかと感じてしまいますが、昭和の母は、平成の母より、しっかりしているでしょうか??

昭和も前半の母達は、まだ戦後の爪痕が残る社会の中で幼少期を過ごし、青春期は、全てに自由な風潮の中、目覚ましい女性の社会進出と急激な豊かさ(バブル期以前)を経験し、あまり考えもせずに楽しい楽しいで、過ごしてしまっていたようにも思えます。

少なくとも、余りの社会の変化に、明治の母達は、自分が経験できなかった自由を、私達子供に与えたかったのかも知れません。

社会が、余りにも急激に変化した為、代々伝わる、母として、女としての作法を教えることに,躊躇してしまったのかもしれません。

恐らく、この辺りで大きく変わった事だけは確かです。

今のお母様方は、母親から、家庭内のことについて余り教えてもらった経験が無いのではないでしょうか。

そんな家庭内の事を教えなくとも、社会の中で男性と対等に、また、それ以上に立派な活躍ができる子供たちに対し、自分の叶わぬ夢を見てしまった為かもしれません。

でも、子育ては、国を支える一大事業です。

ここで、もう一度原点に返って、考え直してみることは、とても大切なことだと感じます。

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勿論、昔に戻ると言う事ではありません。時代も、人も変わってきていますから。
その中で、出来ること、これだけは譲れない事を、しっかり踏まえた上で、正しく伝えていく必要を感じます。


いま、平成ママは、ラクチンなのかといえば、社会が複雑に変化し、人と人とのコミュニケーションに神経を使い、それはそれで別の意味で大変なのです。

恐ろしい事に、これは、大人だけでなく、小さな幼児さんの世界でも、同じことが起きています。
みんな、心が疲れているのです。

そんな中、ちょっと古いかもしれないけれど、こんな風に解決した、とか、こんなサインは見逃してはいけない、などなど学べたり、相談できたり、愚痴を安心して聞いてもらったり出来る人がいたら、どんなに心が穏やかになるでしょう。

また、男女の脳の違いを知る事で、パートナーとも、異性である男のお子さんとも、無駄にぶつかることなく良い関係を作っていく事もできるでしょう。

経験則と最新の脳科学の両方の側面から、楽しく、多方面にわたってお勉強ができ、余裕をもって育児ができ、心豊かに過ごす事ができたら!そんなお母さま達がいっぱい増えたら、と今からワクワクしてしまいます。

これからの日本を背負って立つ事のできる、心優しく、逞しく生きる力を持つ子どもたちを、いっぱい創る事、それが、「マザーズ・マザー」の使命と感じています。それには、まず、母親から、もっと言えば、母になる前の娘さんから、「花母修業」を楽しみながら、学んでいけるようになることが願いです!

これから、数人が集まる所には、どこにでも出かけていき、ワークショップを開いていきます。
どうぞ、お声をかけてください!

今日は、新月。宣言をさせて頂くには、またとない日のようです。
どうぞ、皆さま 宜しくお願い申し上げます。

コメントも歓迎です。
それではまたお目にかかりましょうね。

Nakamura Momoko
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by mgmomoko | 2012-04-21 20:52 | 教育
「明治生まれの義理の母は、亡くなってからも凄かった?」
こんにちは、こんばんは。

「明治生まれの義理の母は、亡くなってからも凄かった?」



今から40年前の事、私もまだ初々しく、結婚して間もないある日のこと、

夫からこんな話を聞きました。



自分の母親に結婚したい人がいると、話した時のこと。

その際、親友の安達に彼女を会わせたら、「お前には、もっと地味な感じの人の方がいいんじゃないか。」と言われたことも伝えました。



安達が言うのに、「あんなパールのマニキュアをつけるような人は、お前には合わない。」と言ったそうです。



覚えていませんが、私は、ピンクにわずかにパールの入ったマニキュアをしていたと思いますが、薄暗い喫茶店の中で、パールが浮き上がって見えていたのかもしれません。



義理の母からすれば、まだ面識もない女性です。その女性に対し、大の親友が反対したというのです。



普通だったら、「親友の安達君がそうまで言うなら、止めときなさい!」と言うのが普通だと思います。 恐らく、私が母親であったとしても、そのように言っただろうと思います。



ところが、義理の母は、

「もし、おまえが、そのマニキアが嫌で、止めてくれと言った時、止めてくれる人だったらいいんじゃないの。」

と、言ったそうなのです。





この話を聞いて、本当にたまげました。

普通の人じゃない、凄い人だなあと、いっぺんに義理の母を好きになりました。

明治生まれの気丈な人だったので、厳しい事もありましたが、基本的な所では、ずっと義理の母のことが好きでした。



5年前の5月初旬の早朝、義母訃報の知らせがありました。



急ぎ身支度をする、その時、洗面所近くに、お線香の香り! 娘に声をかけると、余りにはっきりとお線香の香りがしたので、びっくりしていました。



その日、我が家の玄関先には、濃いピンクの牡丹が飾ってありました。



準備をして家を出る頃、何となく濃いピンクが薄くなっていたように感じました。



翌日、玄関先の牡丹の花は、黄色に変わっていました。
その翌日の葬儀の日の朝には、真っ白な牡丹に変わっていました。



お花によっては、変色をしていくものもありますが、今まで牡丹の花は、濃いピンクのまま、花弁が散っていっていました。



余りの色の変化に、思わず牡丹の写真を撮りました。花芯が黄色で花弁は、真っ白です。2日前、濃いピンクの花だったとは、信じられません。



葬儀を終えた日の夜、家に帰ると、なんと白い花弁が全て散り落ちていました。



私の元にも、はっきりと知らせに来てくれたと感じました。

義母は、きっと、私のことを嫁として、至らないながらも認めて下さったのだと、床に散った花弁を拾いながら、心から涙が出てきました。



至らぬ嫁ですみませんでした。そして、有難うございました。



それぞれの人が、別れのその時、色々な印を送ってくれているのでしょうが、こんなにはっきりした印を送ってくれた明治生まれの気丈な母に、今も愛を贈っています。

,今年も牡丹の季節がやってきました。牡丹の花を見る度に、義母の言葉を、思い出し苦笑し
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ています。



それではまたお目にかかりましょうね。



momoko
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by mgmomoko | 2012-04-17 17:20 | 目に見えないもの
「神道と仏教、二つの宗教が、平和的に共存できる国、日本って素晴らしい!」
こんにちは、こんばんは

「神道と仏教、二つの宗教が、平和的に共存できる国、日本って素晴らしい!」

ローレンシャンスクールでは、今年「鳥羽・伊勢」への春合宿に行って参りました。
初日の4月2日は、大変、穏やかな日に恵まれました。近鉄特急の中で、お母さまの愛情たっぷりのお弁当を頂き、志摩観光ホテルに到着。

早速、第一目的地の伊勢神宮に。
内宮の神楽殿にて、大大神楽を奉納させて頂きました。
40分程の神楽奉納の時間も、小さなお膝をきちっと揃え、おじぎをしたり、日頃聞き慣れない雅楽の楽器演奏に興味を示し、お雛様の右大臣のような装束の男舞を珍しげに拝見し、天照皇大神様への神楽奉納を、大いに楽しんだようでした。
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神楽奉納の後、神聖で厳粛な雰囲気を、思い思いに感じ取ってくれていたのか、しばらくは、みんな無口になっていました。

しばらくして、“ダンスがきれいだった“ ”うんうん、きれいだった“
“お辞儀できた?” “うん、沙里先生にお辞儀の仕方を三種類、教えてもらっていたからね”と、小さなお子様なりに感じてくださったものがあったようでした。

英語教師のジェリッド先生も、“僕は、笛の音が好きだった”と、それぞれがそれぞれのレベルで楽しんでくれた事が、大変嬉しくもありました。

無条件に神様を受け入れる事ができる子供達に、妙に感動してしまいました。

この春の合宿を通して、神道と仏教との共存が、日本ではごくごく自然に受け入れられていることを、改めて考えるきっかけになりました。

神道と仏教とは、それぞれ独立性を保ちつつ、お互いに深く相手の世界に浸透しつつ、相手の信仰体制を強化する役割を果たしてきました。( 参考資料:島田 裕巳 東京大学人文科学研究科博士)

もし、神道が、開祖や宗祖、教義や救済の方法論を持っていたとしたら、仏教と激しくぶつかり合い、宗教戦争に発展したかもしれません。

世界を見れば、宗教戦争で同じ国民同士が、国をも滅ぼす殺し合いをした過去も多く見られます。その中で、日本では、もともとあった神道に加え、538年仏教が伝来してきましたが、今日に至まで仲良く両立している状態です。

これは、日本人の性格が鷹揚な為なのか、それとも、それほど宗教に執着していないからなのでしょうか?
神道には、仏教にあるものがことごとく欠けていた為、どこまで深く浸透しても対立するという事がなかった、と言われています。

そのため、神道と仏教は、片方が生の領域に深くかかわり、もう片方が死の領域に深くかかわる事で、役割分担を行なうことが可能になったようです。

人生儀礼においても、出生や子供の成長、結婚などに関るものは、神道が担い、葬式から死後の供養などは仏教が担う体制が作られました。

神道と仏教とは1000年以上も共存し続け、 私達が何の違和感もなく、両者を使い分けている事は、世界的に見れば、大変珍しい事だと思います。


とても面白いなあと、感じました。

                
それではまた、お目にかかりましょうね。

中村 ももこ
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by mgmomoko | 2012-04-13 22:01