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教室風景 「醍醐千里さんの魂の約束を子ども達とシェアしました」
こんにちは、こんばんは。
教室風景
「醍醐千里さんの魂の約束を子ども達とシェアしました」


現職の中学校の先生でもあり、真摯に教育に取り組まれている 若く美しく小素晴らしい千里さんの話題の書籍「魂の約束」を、スクールでも子ども達と一緒に読み、作文を書いてもらいました。

小学校に入学して間もない1年生ですら、魂の存在を確信しており、
「あなたの魂は、今キラキラ?それともくすんでいる?」の質問には
ほぼ全員(小1生から高校生まで)が、自分の魂は、キラキラだけではないと答えたことです。

「半分キラキラで、半分ちょっと黒くなっている」小1数名
「真中は、キラキラなんだけど、外側は黒くなっているかな?」小2
「最初、黒ずんでいるとおもったけど、いろいろ作文に書いているうちに、やっぱりぼくの魂は、キラキラだと思いました」小2
「外側は、キラキラなんだけど、真中はちょっとくすんでいる」高1
「半分のまた半分は、キラキラになっている」小1
「外側は、でこぼこしてちょっと黒っぽい」小2
また、
「ぼくは、大好きなテレビがあって、毎日それを見ているよ」
「ふ~ん、それで、そのテレビ見ると、○○君の魂は、どんなふうになると思う?」
ちょっと照れくさそうに笑いながら、
「黒くなるう、、、」小1
全員爆笑。

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ほとんどの生徒は、自分の魂が、単純にキラキラになっていない事を認めていました。たとえ6歳でも自分の心の内を分析しているのですね。

中には、
「僕の魂は、キラキラだよ。そりゃ、たまに友だちの悪口いう時だってあるけど、寝て起きたら、またキラキラになってるもん」小3

という子もあり、子ども達って みんないいなあ~と思わずニンマリ。

こうして、答えてくれた子ども達に
「なぜ、黒ずんでいるの?」
「キラキラって、どうしてそう感じるの?」

とすかさず聞きました。
「だって、たまに弟とけんかするし、、、
でも、ぼくは、ほとんどは皆に優しくしているから」小1

「みんなで晩ご飯たべるとき、みんなで話してて、魂はキラキラすると思う」小1
など楽しい意見がいっぱいでした。

魂の約束の文中で、
人に優しくしたり、頑張ったりする以外にも、友だちと大笑いしたり、誕生日にプレゼントをもらったりして、楽しいことや嬉しいことも魂を輝くと知って、私は、少しほっとしました。(本文を一部要約)

の部分で、「なぜこの子はほっとしたの?」の質問に
「だって、いつも頑張ったり、魂がキラキラかどうか気にするの疲れるもん」
「だから、楽しく遊んだり、嬉しかったりするだけでもキラキラするならいいなあと思って」

小学2年生にもなると、ほっとする気持ちを正確に理解していますが、小学1年生はちょっと分らないようで、魂がキラキラするからほっとする、のように答えたりします。

お掃除をさぼって、友だちと大笑いした日、その夜 魂は黒ずんでいました。
「楽しく笑っていたのに、なぜ黒ずんだの?」
には、小さな子ども達も
「だって、お掃除さぼって、遊んでいたんだもん、楽しくてもだめ!」ときっぱり。

本文より、
“ある日、一人がいいました。
「あの子、気に入らないよね」
その子は、あっという間に一人ぼっちになりました。
私は、その子を一人ぼっちにする側にいました。
その輪の中でわたしには、急に仲間が増えました。
新しくできた仲間とともに、おもしろおかしく過ごしました。“

この部分でも、「なんで、急に仲間が増えたの?」
「一人ぼっちの子がいると、他はおおぜいになるから」

「これって、本当の仲間?」
「ちが~う。だって、仲間外れにした子たちだし、本当のなかよしじゃないこもいっぱいいるから:」

「仲間外れにしたら、だめだよ、って言えなかったから、魂は真黒になっていると思う」

本文より、
ある日、わたしは少し疲れてしまいました。
そこで、
「神さま、わたしはいつまで魂を磨けばいいのですか?」
とたずねます、神さまは
「あなたは、あなたの最後のひと呼吸まで、魂を磨き続けなさい。
みんな、その約束をして地上に生まれているのですよ」

ここでも、
「最後のひと呼吸って、いつの呼吸?」
小学1~2年生は、その日の呼吸、とか、何かができた時の最後」とか言っていましたが、
小学校3年生以上では、正確に理解していました。

ある高校生は、
「人は、生きる意味を見いだせない人や、なぜ、生きていかなければいけないのかを、たずねる人も多いけれど、魂を磨くために生まれてきたのではないかといまは思います」

それぞれの年齢で、それぞれの理解がなされていることに、子どもっていいなあ~と感じました。
そして、この書籍が、多くの子ども達の心の支えになってくれる事を確信しました。

それではまたおめにかかりましょうね。
              参考図書 「魂の約束」サンマーク出版

Nakamura momoko
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by mgmomoko | 2013-06-17 11:56 | 目に見えないもの
「自分を許すことって?」
こんにちは、こんばんは。
「自分を許すことって?」

マイナスと思える現象、思い通りにならない人生、身に降りかかってくるネガティブな状況や出来事、そうした事に対して人は時として自分が許せなかったりするものです。

Aさんの体験

彼は某メーカーでの営業をしていました。高い理想を掲げ、誰よりも情熱を持って仕事に励んでいました。営業はノルマを達成することが最大の目標、社内では毎日上司からのチェックを受け、プレッシャーをかけられました。それこそ必死で働きました。

そんな状況の中、誰もが社内の仲間を敵視し、勝つことだけを目標にするようになっていました。他人の事などどうでもいい、自分の為、家族の為、家族の生活のために働くしかない。

神経を磨り減らす中、自分自身が、出世の為、収入を上げる為、生活の為、見栄の為。一体何の為に仕事をしているのか、当時の私は、仕事本来の目的を完全に見失っていたのです。

負けず嫌いな性格が効を奏し、社内で一位の成績を残し1000名近い社員の前で表彰され成功したのです。
毎日社内メールで褒められ、周りからは羨望の眼差しを向けられ、収入も3倍近くになりましたが、その裏でどうしようもない不安に襲われ、結果を出し続けるプレッシャーに押しつぶされそうな弱い自分がいたのです。

誰もが山を登れば素晴らしい景色が待っていると信じ、一生懸命頂上を目指します。賞賛、昇進、褒美はありましたが心は満たされません。

「これは一体どうした事なのだろう?」自分の望み通りになっているのに、どうして幸せを感じられないんだろう。結局、やるせない気持ちばかりを抱え、惨めな思いで この会社を退社しました。

退職後、会社という束縛が無くなったと言うのに、楽しい人生は待っていませんでした。

営業で誰よりも優秀だった私は、独立しても売り上げが伸ばせると信じ、起業にチャレンジしました。しかし、それは甘い考えでした。

なんて軽はずみな事をしてしまったんだろう、と後悔の思いで一杯になりました。今思えば、勤めていた時には、毎日が苦しく、周りの状況に怒りを覚え、他人を責め続けていました。しかし、この時から逆に自分を責めるようになってしまったのです。

私が許せなかったのは、自分に原因があるのに、それを人に追わせてしまっていた事、神との関係を否定し思いあがって来た事が原因でした。

その後、私は許すことを実践し続けることになり、そこから運命の扉が次々と開き始めたのです。

過去の自分は、自分の思い描いたものと違う結果になることを許さない生き方をしていました。

人は、自分自身の価値観を変える事が一番難しいかもしれません。何十年も自分が信じてきた人生を否定するような気がするのです。
しかし、本当の自分に目覚め、許さなければ 成長も変わることもないのでしょう。

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「こんなことをしても意味がない、こんなこと上手くいくはずがない、信じられない、そんなこと嘘だ」
と思っていることも一度体験してみる事です。確信を持って何かを伝えてくれる人に聞く耳を持ってみる、そして体験してみなければ変化もありません。


過去のすべてを許すところから始めました。会社に対する思い、自分が犯して来た感情的な過ち、なぜ、これほどまでに苦しい思いばかりを背負わされるのだろうと悩み続けていた自分を、許し始めたことで心に大きな変化が現れ、穏やかで幸せな気持ちになれたのです。

許すと言う事は、幸せへの鍵でした。

若い人達には、優しく、
年老いた人達には共感をもち
一生懸命努力している人には優しさを
心弱くも誤ったことをしてしまった人に対しては
寛容でありたいと決意してください。
私たちは、人生を生きる中で
これらすべてを体験することになるのですから。
(アメリカのロケット開発者)

これは、ビジネスばかりではありません。日々の暮らしの中で、すべての人に対して言える事です。もちろん私にもです。

周りを許せない人は、苦しい人生しか待っていないのです。そして、一番難しい自分自身を許し、褒めてあげましょう。
みんな頑張っていることは確かなのですから!

それではまたお目にかかりましょう。

Nakamura momoko
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by mgmomoko | 2013-03-28 12:37 | 目に見えないもの
「死の瞬間とその先に何がおこるのでしょうか?」
こんにちは、こんばんは。
「死の瞬間とその先に何がおこるのでしょうか?」

私が帯状疱疹を患って入院した時のこと、6人部屋の足元にいる80過ぎのおばあちゃんと仲良くなりました。仲良くなったと言うよりきっと以前、恐らく今生でない以前、とても近い関係(親子?)にあったのではないかと感じられる程、懐かしく、それはお互いに感じる不思議な体験でした。

私は間もなく退院しましたが、その後も何度か病院へお見舞いに伺いました。
お婆ちゃんは、月日を追うごとに明らかに病状が進んでいるようでした。なんの病気だったかは伺いもしませんでしたが。

ある日、彼女が「わたし、死ぬのが怖い!」と思いつめた表情で訴えて来ました。
私は、「大丈夫!そんな弱気になっちゃダメ」とありきたりの答えをしました。

それから1カ月後、息子さんという方から連絡があり、「母が亡くなりました。入院中は大変お世話になったとのこと、もしものことがあったときには必ず彼女に連絡してほしい。と頼まれていましたので」とのことでした。

その後、何度も彼女のことが思い出され、そのたびに、
あの時、「死ぬってどうなるのか分らないから怖いね。でも人は亡くなった直後死んだのは身体であって、自分がいなくなる訳ではないのだと判るみたいよ。みんなには見えないけれど、いつでも会いたい人の傍に行ったり自由に飛び回り、痛い所もなく、光に包まれ暖かくなんとも言えない体験をするんだって。」
と、なぜ話してあげなかったのか、なぜ ありきたりの言葉しかかけられずに、怖い思いをさせたまま逝かせてしまったのか!」
と深く反省しました。

もちろん、わたしも死んだ経験を覚えていませんし、必ず迎える死の瞬間を少しでも穏やかに迎える事ができたなら、どんなに素晴らしいだろうかと思っています。

それは行く人自身にとっても、送る人達にとっても大切なことなのではないかと。。。

私は、20代のときからずっと「人は何処から来て、どこに行くのか」こんな疑問を持っていました。
ある時、この大きな問いかけについて一番素直に受け入れられる一冊の本と出合いました。
それは特別な宗教と言う訳でもなく、たんたんと書かれていました。
400ページに渡る書籍の一番心に響いた部分をここに書き抜いてみたいと思います。

死の後に何が起こるのか?

死は段階というか、局面を追って経験されるのですが、最初の段階は誰にとっても同じ。
死の瞬間、ただちに命が続くことを経験する。ごく短い時間から自分がもはや身体には宿らず、そこから離れていることに気づいて戸惑うかもしれない。

それから、自分は死んだが、生命は終わっていないことが分かる。
自分は、身体では無いと言う事に充分、たぶん初めて気づくのがこの瞬間。

その後、たちまち次の段階に移る。ここで、それぞれの道が分かれる。
死ぬ前に抱いていた信念体系に、生命は確実に続くと言う事が含まれていれば、死後に起こると信じていたことを経験する。

自分には、天国がふさわしいと考えて死んだなら、ただちにその経験をするし、自分には地獄がふさわしいと思っていればまたその経験をするだろう。

しかし、地獄は存在しない。ところが、自分が選べば、あるいは自分には、そこがふさわしいと信じていれば、個人的な「地獄」を創り出すことはできる。
しかし、その人達ですら、ぜんぜん苦しみはしない。離れた所から自分自身がどうなるか眺めているだけ。

死の直後、最も愛情あふれる天使や道案内や、優しい霊に囲まれる。その中には、人生で大切に思っていた人達すべても含まれる。
もっとも愛したひとたちは、いちばん近くにいるだろう。

この存在は実に大きな助けになり、何が起こっているのか、どんな選択肢があるのか理解する手伝いをしてくれる。

生きている時と同じく、死後も信じることを経験する。

その後、全てと合体し、自分の存在の核心で究極の現実を体験し始める。

死の第一段階で、魂は、物理的な人生を過ごした身体が現実で無いことを理解する。
死の第二段階で、魂は、精神も思考の全ても現実でないことを理解する。これらは、限りある視点から生じており、その為に死の第二段階で大きな影響をうける。魂の視点は、身体の中にあったときとは全く違って、とてつもなく大きいからだ。

自分が身体ではないと気づいた瞬間に、視点は大きく変化し、死の第三段階に移行する。

ここでは全てが絡み合って、人生・生命・死とよぶどんな事実もすべてが関係しあっている、単独では存在しない。私たちが個別・連続的な出来事と思って経験していることですらそうだ。

すべてどのような見方を選ぶか、という問題。

今の経験も、何を見るかによって創造される。時・空 の中でどちらのほうへ動くかによる。

現実の今、ある部屋に入ったと想像したとき、最初に何かに気づく。巨大な縫いぐるみかもしれないし、壁際の巨大スクリーンのテレビかもしれない。心は、即座にそちらに行く。

その後、部屋を見回し、もっと印象的でない、もっと小さなものに目をむける。書棚に近付き本の題名に視線がとまる。
「ようやく探していた本が見つかった!」と言うかもしれないが、探していた本はずっとそこにあったもので、「ようやく」現れたのではない。
本はずっとそこにあったのに、そちらを見なかった、そちらに行かなかっただけのこと。

量子物理学の世界では、あなたが見るまではなにも存在しない。見る事によって、それが存在する。と言っています。
ものごとは見る前からそこに存在し、同時に多数の可能性も存在する。
現実の世界でも、見ることを選択したものが現実となる。

ここで、疑問も。
私たちは、どうしてあの現実でなく、この現実を選択するのでしょう。雇い主から人員整理の対象にあったという書面を見て、「なんてついていないんだ」と思うか、「良いチャンスだ」と思うか、起こっている出来事を「完璧」とみるか、どう選択するかでしょう。

ラ・マンチャの男、ドン・キホーテの主人公が、酒場の女アルドンサに純で美しい本物の乙女を見る。戦いに赴く自分に記念品をくれないかと頼み、ばかにした女が雑巾を投げ付けてやると、それを乙女のスカーフだと思って後生大事に身につけます。

ドン・キホーテを哀れな男と見るか、幸せな男と見るかすべては見方によるのです。

「永遠」の目的は、限りなく多様な真の自分を表現するチャンスを与えられているということ。

輪廻転生を信じている人は、第三段階に進んでいくことを理解するでしょう。

リンゴの例え話に、私たちは物理的な世界から霊的な領域へと、自分の存在の芯を通って旅しています。

そこでどう経験するかは、自分の存在の芯をどうやって離れたかで違ってくる。自分の課題を手放していれば、しっかりと腰を据えたとかんじ、手放したいと思わないなら、手放しきれない確信課題を「あちら側」に持っていくことになる。そして、再びその課題と向き合って対応する機会を与えられる。
素の核心課題から逃れようとおもって人生を終えたとしても、そこから逃れられずに、引き返すことを選び、同じトンネルをたどって物理的な世界に戻り、同じ経験をもう一度最初からやり直すことにある。

ここでいう確信課題とは、「不安」「自分に価値がない」「あまり良くない」「足りないという不安」「離れ離れ」という考え。

自分自身を知って充分に経験したいなら、新たな自分を再創造するために時空の連続体を旅し、自分の存在の核心に戻る。

死とよぶものの後、アイデンティティを再確立する為に「自分の存在の核心」に入って、霊的な領域を通過し、自分がだれで何であるかを再度知る。

それから、誕生とよぶものの前に、もっとも偉大で最も壮大なビジョンを再創造する為に自分の存在の核心に戻る。自分の存在と表現を次のレベルに引き上げる つまり進化。

物理的な世界で自分の生命・人生を生き、自分自身の経験で自分を知る。
死を通して非常に重く密な存在にはいると、確立した全面的なアイデンティティは失われる。もちろんこれには理由があるが、またの機会に。

そして、誕生とよばれる経験を通し、あの世の経験と同じく、全面的に楽しい経験をする。
再び死に、もう一度自分の存在の核心に入って、再確立、再び霊的な領域を通過し、知ることを通じて自分が何者であるかを表現し、誕生の前に最も壮大で偉大なアイデンティティを再創造する為自分の存在の核心に戻る。その後誕生し、物理的な世界で自分の生命・人生を生き、経験する。
その後、再び死に、もう一度自分の存在の核心に入って、再確立し知る。その後、霊的な領域を通過し、自分が何者であるか知る。
このプロセスが永遠に続く。。。。

「誕生」と「死」は純粋な創造の瞬間。
「生命そのもの」であるエネルギーの微調整が行われ、周波数が上昇して物理的な世界の物体として現れる。
あるいは、振動数が低下して霊的な領域に見えないエネルギーとして現れる。

誕生にあたって持ち込んだエネルギーが物体に変化して物理的な世界に現れる。
死の瞬間には、それと反対の事が起こる。死にあたっては物理的な世界から死へと持ち込んだもので創造し、誕生の際には霊的な領域から誕生へと持ち込んだもので創造する。

もしそうなら、今生で終わりでないなら、今生を、今の瞬間をいい加減な生き方で済ますことはできない!と思う。
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稲盛和夫さんの「生まれてきたときの魂よりも、美しい魂になって死にたい」の言葉が響きます。

いかがでしょうか?あなたは、「それは違うよ!」と思われるかもしれません、恐らくそれも正しいのではと 私は感じています。

読んでくださってありがとうございます。
それではまたお目にかかりましょうね。

Nakamura momoko
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by mgmomoko | 2013-02-17 16:30 | 目に見えないもの
「今年は龍です。」
明けましておめでとうございます。
「今年は龍です。」


「巳」年の今年は、冬眠を終えた蛇が地上に這い出て、新しい生活を始めるように
従来の因習に染まった生活から抜け出し、春の陽気を受けて新しい創造的な活動を始める事を意味しているそうです。(算命学より)

しかしながら、どうやら今年は蛇ならぬ龍にご縁があるようです。
1月4日、スクールでも書き初めがあり その書き初め用とお抹茶用の若水を頂きに早朝、高牟神社にスクール生みんなと参拝に行きました。

この霊水の歴史は、なんと今から1,800年もの昔にさかのぼる、かの応神(おうじん)天皇の長寿の祝水として産湯に献上されたという素晴らしい歴史を持つもので、勿論飲用にも可です。

この霊水が、なんと立派な龍の口から出ているのです。
この日 名古屋は大変冷え込んでいましたので、湧き水からは湯気が立ちあがり、とても温かくびっくりしました。

それぞれ無事書初めを終え、和歌読み上げ お抹茶を頂きました。この花びら餅ののし紙が、蛇ならぬ龍の絵模様。

1月7日、冬期講習も一段落し「雪見の露天風呂」と洒落込もうと岐阜県に出かけました。しかしながら、この日東海地方はぽかぽか陽気で、雪は無理だなあ、と諦めながらドライブしていました。

このエリアの渓流は本当に美しく、時折車から降りては眺めていました。
山の中腹辺りに来た時、龍神の表示が控え目に出ていました。時間も早いし行こう!と登り出すと、これが結構急な山道。

登れど登れど→の表示が出るのみ、だんだん木々や岩は苔むし、まるで屋久島の白谷雲水峡(もののけ姫の舞台になった)さながらでした。
もちろん人っ子一人いません。

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足元にクマザサが茂っていましたが、今は冬、熊も冬眠中でしょうからと言い聞かせ、登ること30~40分 遂に龍神の滝が現れました!

辺りは冷たい冷気に包まれ荘厳な雰囲気に、思わず大祓いの祝詞をあげてしまいました。
滝壺のすぐ横に不動明王の小さな祠がありました。こちらにお参りした時、「龍神さまをお守りください」と頼んでいる自分がいました。

この滝、大きな白龍がよじ登っているように見えました。
「滝壺の水は飲む事ができます」と、控えめな表示があり有難く頂いてきました。
本当に冷たく、氷のようでした。

帰りはさらに急だったので、不動明王の横に数本置いてある杖をお借りして下山しました。

心の底から透明になった気分で入った露天ぶろからは、残りの雪も見え最高に幸せでした。

と言う事で、今年は白龍です!!笑

またお目にかかりましょうね。

Namamura momoko
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by mgmomoko | 2013-01-09 12:04 | 目に見えないもの
「杉 良太郎さんと同じ?」
こんにちは、こんばんは。
「杉 良太郎さんと同じ?」

ある本を読んで思わず笑ってしまいました。
私は、杉良太郎さんのファンでもなく舞台も見たことがありませんが、なにやら共通点(?)がいっぱいあるものだなあ~と興味を引かれました。

彼はその昔 龍に会ったことがあると、その本には書かれていました。
実は私も、龍に会った!と言う程ではないのですが、ある日のこと、寝て夢を見ている訳でもなく勝手な想像とも違う経験をしました。
私はその時、広~い広~い海の波打ち際に立っていました。打ち寄せる波が少しずつ大きく、波打ちぎわに押し寄せる白い波はどんどん大きくなっていきました。

寄せては返す白波があまりに大きくなり過ぎ、ついには勢い余ってくるりと回転し、丸く筒状になってしまったのです。半透明で筒状の長い白い波は、私の左側から一気に空へと勢いよく舞い上がっていきました。先端は、明らかに龍のかしらになっていました。

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まるで「まんが日本昔話」のようです。自由に大空を飛ぶ龍は自分自身だった気がします。とても不思議な感覚は今も鮮明に覚えています。

その翌年「ももこさん、今年は昇り龍ですよ」と賀状に書かれ、この偶然に大変驚くと共に嬉しく感じたことがありました。

杉良太郎さんは、龍を見てから世の中に役立つことをしたいと感じるようになり、ベトナムへの支援は20年にのぼり、「日本ベトナム特別大使」として活発に活動もされているそうです。
私も微力ながら、世の中の役に立ちたいと願い活動しています。

そして、もう一つ。
彼ほどの人気芸能人ですから、最新型の豪華な外車に乗っていて不思議ではありませんが、実は、20年以上も同じ国産車に乗り続けているのだそうです。
私も、20年にはなりませんが10年以上同じ国産車に乗り続け、只今27万キロを突破いたしました。(笑)

そしてさらに、彼はまた決して美系とは言えない(ファンの方にはごめんなさい)にもかかわらず彼の人気はそうとうなもののようで、世に杉さまファンを多く持っていらっしゃるようでございます。
まだまだ多くのファンを持つには至っておりませんが、美系で無いと言うところも、同じだなあと親近感もひとしおです。(笑)

素敵な子ども達を育てていくために、まず楽しくお母さま方と学んでいこうと勉強会を続けています。

くだらないお話でごめんあそばせ。
それではまた、お目にかかりましょうね!

Nakamura momok
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by mgmomoko | 2012-12-15 23:54 | 目に見えないもの
「大きな何かに逆らわない生き方」
こんにちは、こんばんは。
「大きな何かに逆らわない生き方」

今年も、小学校受験のピークが終わりました。全員合格とは行かない時にいつも考えさせられることがあります。

西遊記に出てくる孫悟空が、自分の力を示したつもりが所詮お釈迦様の手の上で踊っているだけだったように、私たちは、自分の意志で生きているつもりでも、結局は大きな何かに動かされているだけなのかも知れないと感じるのです。

大きなものの意志、それが何かは判りませんが大きなものの意志に逆らわない、自然のままに生きる事、それが本来の私たちなのではないでしょうか。

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もしそうなら、子どものために頑張ったことは全て意味あることで、それに逆らうことは、操り人形の右手を挙げようとして糸を引き上げたのに、それに逆らって手を挙げないように頑張っているようなものです。

私達の周りすべてに何一つ無駄なものがないように、何一つ欠けているものがないように、私達が幸せに生きるために全てのものが用意されているとしたら、心静かに受け入れたいものです。
それでなければ、私たちにとって本当に大切な「目に見えないもの」を見る事ができなくなるでしょう。
科学がどんなに進歩しても、自然の力にはかないません。

私達地球に生きる者はすべて、幸せへの進化の乗りものに乗っているようなものです。大きな力に逆らわない、喜んでそれを受け入れる、それが大切なのです。

私は、いつもそんなふうに感じています。

もし、予想していることと違った結果が目の前に現れたとしたら、目に見えない大きな力が、「幸せへの船はこっちだよ!」と教えてくれたことに感謝しましょう。そうだったんだと感謝して受け入れられたら、その人は本当に心美しく素晴らしい人です。

それではまた、お目にかかりましょうね!

Namamura momoko
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by mgmomoko | 2012-12-12 11:21 | 目に見えないもの
「生き抜くちから」
こんにちは、こんばんは。

「生き抜くちから」


私たちが人としてこの地球上に生まれて来た訳を、ときどき考えてしまいます。

人として地上に生まれたならば、最高の幸福、永続的な幸せになることが人生の
目的です。

ある高僧は、

「これを手に入れるために努力する必要はありません。ただ、人生を楽しみ始めれば良いのです。」
「失敗すると思うとそのようになります。ただ、偉大な事を考え、実行に移せば良いのです。決して、失敗する事を考えてはいけません。」

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私達は、意識から、創造性から、至福から生まれました。至福から生まれていますから、苦しむ理由はないはずです。

池の鯉が水を自然に飲むように、ただ、水を飲み始めるだけで良いのです。訓練はいりません。
渇きを癒す道は長くありません。
ゴールはすぐそこにあります。ただ飲み始めるだけです。

ただ、楽しみ始めればよいのです。
ただ、楽しみ始めるだけです。

あなたの心には、どのように届きましたでしょうか?

それでは、素晴らしい毎日を!!

Nakamura momoko
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by mgmomoko | 2012-11-24 15:12 | 目に見えないもの
「今日のお気に入りの言葉 “他人の中に善を見る”」
こんにちは、こんばんは。
「今日のお気に入りの言葉 “他人の中に善を見る”」

ある人の良い質を認めて称賛するには、
まずその人の中の良いところを発見しなければなりません。

その人の中の善を見れば、
その善がこちらにも反映して、自分もより良くなります。

他人の悪を見つけようとすれば、
その悪が反映して、自分の心を汚してしまうでしょう。

また、だれかの中の善を認めるということは、
当然その人に対し、いくらかの善を投げかけるということにもなります。

他人の善を見つけるという行為そのものが、
それを認めた人の心に同じ善を反映させます。
他人の中に発見した善が、
そのまま自分のものとなるのです。

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他人の中に善を見ることは、人生における一つの偉大な技術です。

どんな人にも何かしら良い点があるものです。

いつも心に留めておきたいものですね。

それではまたお目にかかりましょう!

Momoko nakamaura
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by mgmomoko | 2012-08-30 22:34 | 目に見えないもの
「今日の、お気に入りの言葉」 超越瞑想
こんにちは、こんばんは。

「今日の、お気に入りの言葉」 超越瞑想

『この世界は、神さまの花園であり、神さまはさまざまな美しい花を創られました。

私たちは自分の気に入った花を摘んで楽しんでもいいのですが、ほかの花を悪いという権利はありません。
仮にある花が、私達の気に入らないものであったとしても、その花を賞賛し、見て楽しむ人もいるのですから。
神さまは、その人のために、その花を創られたのです。

自分の好みばかりを追求しては、道に迷って苦しくなってしまいます。むしろ、花園に咲く限りなく多様な花の美しさを賞賛するべきなのです。』
                      
そうなのです!
しかしながら、全ての人々と仲良くすること、これも出来ません。
人は、それぞれの世界で生きています。全く違う世界の人とは、やはり、ほど程の付き合いしか出来ません。

ただ、全く違う世界の人を批判したり、嫌ったりすることだけは避けたいのもです。

さて、今日、あなたはどんな花と出会うでしょうか?楽しみ!楽しみ!!

それでは、またお目にかかりましょう。

マザーmomoko
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by mgmomoko | 2012-07-17 11:46 | 目に見えないもの
「世にも不思議な人でした!」
こんにちは、こんばんは。
「世にも不思議な人でした!」

14日の月曜日、お友達の紹介で素敵な女性に会いました。名前は、由紀さん。
この女性、見た目は普通のお嬢さんですが、ちょっと普通と、違っていました。

彼女の最近の困ることは、家電品がすぐ壊れる事、ときに、時計の針が高速 逆回転を始め、その後、壊れる、などなど、まるでオカルトの世界の話を聞いているようでした。

でも、彼女は真剣です。
小さい時には、ヨーグルトの入った分厚い瓶が、気づけばテーブルの上で、粉々になっていたり、コップの瓶が、これも気づけば割れて、テーブルの上が水浸し。
何度も、母親に「いったい何をしたの!」と言われるけれど、ご本人にはその瞬間のことは、分からないらしい。
気づけば、そのようになっていたのだそうです。

同じ人間でありながら、どうして、こうした事が起こる人と,まったく全然起こらない人があるのでしょう。
瞬間、これはどうなっているのでしょう???

最先端の「量子力学」でも、この摩訶不思議な現象は起こるようなのですよ。

一度に一億個の粒子(電子)を、スリットと呼ばれる小さな穴に向かってスピード発射す
ると、隙間を通った電子は、その先のスクリーンに干渉縞(波模様のようなもの)が現れ
る為、この電子は「波」の性質を持っていると考えます。
ところが、
一億個を、どんどん少なくし、ついには、電子一つをスリット(小さな穴)に向かってス
ピード発射すると、スクリーンには、一個のスポット(点)が出てくるだけで
「波」の性
質は、消えてしまったかの様に思われます。

でも、この1個の電子を1万回発射すると、スリットの後方以外の所にも、スポット(点)が、現れ、それは一見デタラメに現れたスポットのようですが、全て集計すると、干渉縞(波模様のようなもの)が、見事に出現するそうです。

電子は、波の性質を内在的に持った粒子と言うことになります。

これを佐々木進先生は、「ミクロな世界の分身の術」と呼んでいるそうです。笑
(1個の電子が、まるで、2か所のスリット(小さな穴)を通っているかのようだからです。)

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摩訶不思議は、これだけではありません!

波としての性質を持った1個の電子が、スリットの小さな穴のどちらを通るかを「覗いて」しまうと、波の性質は消失し、「覗かない」時に限って、1個の電子は「波」として振舞うのだそうです。
先生は,学生達に「つるの恩返し」の話をしながら、昔の賢人の洞察力に、本当に脱帽するそうです。

超最先端の物理学者の先生が、「昔話」に、なぞらえて感動するなんて、それこそ、感動します!

神話や、昔話を子ども達に伝えなくなると、その民族は100年で滅びると言われています。創作本も良いですが、神話や昔話は、やはり大切にしていきたいですね
おもしろ~い!

それではまたお目にかかりましょう。

*つぶやき・・・この由紀さん、私と会って直ぐに、“この人第三の目があいている!”と
        思ったけれど、そんなこと初対面の人に言ってはいけないし、と思って
        黙っていたと、後で言われました。ちょっと嬉しいかな?笑


Nakamura momoko
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by mgmomoko | 2012-05-19 22:17 | 目に見えないもの