「死の瞬間とその先に何がおこるのでしょうか?」
こんにちは、こんばんは。
「死の瞬間とその先に何がおこるのでしょうか?」

私が帯状疱疹を患って入院した時のこと、6人部屋の足元にいる80過ぎのおばあちゃんと仲良くなりました。仲良くなったと言うよりきっと以前、恐らく今生でない以前、とても近い関係(親子?)にあったのではないかと感じられる程、懐かしく、それはお互いに感じる不思議な体験でした。

私は間もなく退院しましたが、その後も何度か病院へお見舞いに伺いました。
お婆ちゃんは、月日を追うごとに明らかに病状が進んでいるようでした。なんの病気だったかは伺いもしませんでしたが。

ある日、彼女が「わたし、死ぬのが怖い!」と思いつめた表情で訴えて来ました。
私は、「大丈夫!そんな弱気になっちゃダメ」とありきたりの答えをしました。

それから1カ月後、息子さんという方から連絡があり、「母が亡くなりました。入院中は大変お世話になったとのこと、もしものことがあったときには必ず彼女に連絡してほしい。と頼まれていましたので」とのことでした。

その後、何度も彼女のことが思い出され、そのたびに、
あの時、「死ぬってどうなるのか分らないから怖いね。でも人は亡くなった直後死んだのは身体であって、自分がいなくなる訳ではないのだと判るみたいよ。みんなには見えないけれど、いつでも会いたい人の傍に行ったり自由に飛び回り、痛い所もなく、光に包まれ暖かくなんとも言えない体験をするんだって。」
と、なぜ話してあげなかったのか、なぜ ありきたりの言葉しかかけられずに、怖い思いをさせたまま逝かせてしまったのか!」
と深く反省しました。

もちろん、わたしも死んだ経験を覚えていませんし、必ず迎える死の瞬間を少しでも穏やかに迎える事ができたなら、どんなに素晴らしいだろうかと思っています。

それは行く人自身にとっても、送る人達にとっても大切なことなのではないかと。。。

私は、20代のときからずっと「人は何処から来て、どこに行くのか」こんな疑問を持っていました。
ある時、この大きな問いかけについて一番素直に受け入れられる一冊の本と出合いました。
それは特別な宗教と言う訳でもなく、たんたんと書かれていました。
400ページに渡る書籍の一番心に響いた部分をここに書き抜いてみたいと思います。

死の後に何が起こるのか?

死は段階というか、局面を追って経験されるのですが、最初の段階は誰にとっても同じ。
死の瞬間、ただちに命が続くことを経験する。ごく短い時間から自分がもはや身体には宿らず、そこから離れていることに気づいて戸惑うかもしれない。

それから、自分は死んだが、生命は終わっていないことが分かる。
自分は、身体では無いと言う事に充分、たぶん初めて気づくのがこの瞬間。

その後、たちまち次の段階に移る。ここで、それぞれの道が分かれる。
死ぬ前に抱いていた信念体系に、生命は確実に続くと言う事が含まれていれば、死後に起こると信じていたことを経験する。

自分には、天国がふさわしいと考えて死んだなら、ただちにその経験をするし、自分には地獄がふさわしいと思っていればまたその経験をするだろう。

しかし、地獄は存在しない。ところが、自分が選べば、あるいは自分には、そこがふさわしいと信じていれば、個人的な「地獄」を創り出すことはできる。
しかし、その人達ですら、ぜんぜん苦しみはしない。離れた所から自分自身がどうなるか眺めているだけ。

死の直後、最も愛情あふれる天使や道案内や、優しい霊に囲まれる。その中には、人生で大切に思っていた人達すべても含まれる。
もっとも愛したひとたちは、いちばん近くにいるだろう。

この存在は実に大きな助けになり、何が起こっているのか、どんな選択肢があるのか理解する手伝いをしてくれる。

生きている時と同じく、死後も信じることを経験する。

その後、全てと合体し、自分の存在の核心で究極の現実を体験し始める。

死の第一段階で、魂は、物理的な人生を過ごした身体が現実で無いことを理解する。
死の第二段階で、魂は、精神も思考の全ても現実でないことを理解する。これらは、限りある視点から生じており、その為に死の第二段階で大きな影響をうける。魂の視点は、身体の中にあったときとは全く違って、とてつもなく大きいからだ。

自分が身体ではないと気づいた瞬間に、視点は大きく変化し、死の第三段階に移行する。

ここでは全てが絡み合って、人生・生命・死とよぶどんな事実もすべてが関係しあっている、単独では存在しない。私たちが個別・連続的な出来事と思って経験していることですらそうだ。

すべてどのような見方を選ぶか、という問題。

今の経験も、何を見るかによって創造される。時・空 の中でどちらのほうへ動くかによる。

現実の今、ある部屋に入ったと想像したとき、最初に何かに気づく。巨大な縫いぐるみかもしれないし、壁際の巨大スクリーンのテレビかもしれない。心は、即座にそちらに行く。

その後、部屋を見回し、もっと印象的でない、もっと小さなものに目をむける。書棚に近付き本の題名に視線がとまる。
「ようやく探していた本が見つかった!」と言うかもしれないが、探していた本はずっとそこにあったもので、「ようやく」現れたのではない。
本はずっとそこにあったのに、そちらを見なかった、そちらに行かなかっただけのこと。

量子物理学の世界では、あなたが見るまではなにも存在しない。見る事によって、それが存在する。と言っています。
ものごとは見る前からそこに存在し、同時に多数の可能性も存在する。
現実の世界でも、見ることを選択したものが現実となる。

ここで、疑問も。
私たちは、どうしてあの現実でなく、この現実を選択するのでしょう。雇い主から人員整理の対象にあったという書面を見て、「なんてついていないんだ」と思うか、「良いチャンスだ」と思うか、起こっている出来事を「完璧」とみるか、どう選択するかでしょう。

ラ・マンチャの男、ドン・キホーテの主人公が、酒場の女アルドンサに純で美しい本物の乙女を見る。戦いに赴く自分に記念品をくれないかと頼み、ばかにした女が雑巾を投げ付けてやると、それを乙女のスカーフだと思って後生大事に身につけます。

ドン・キホーテを哀れな男と見るか、幸せな男と見るかすべては見方によるのです。

「永遠」の目的は、限りなく多様な真の自分を表現するチャンスを与えられているということ。

輪廻転生を信じている人は、第三段階に進んでいくことを理解するでしょう。

リンゴの例え話に、私たちは物理的な世界から霊的な領域へと、自分の存在の芯を通って旅しています。

そこでどう経験するかは、自分の存在の芯をどうやって離れたかで違ってくる。自分の課題を手放していれば、しっかりと腰を据えたとかんじ、手放したいと思わないなら、手放しきれない確信課題を「あちら側」に持っていくことになる。そして、再びその課題と向き合って対応する機会を与えられる。
素の核心課題から逃れようとおもって人生を終えたとしても、そこから逃れられずに、引き返すことを選び、同じトンネルをたどって物理的な世界に戻り、同じ経験をもう一度最初からやり直すことにある。

ここでいう確信課題とは、「不安」「自分に価値がない」「あまり良くない」「足りないという不安」「離れ離れ」という考え。

自分自身を知って充分に経験したいなら、新たな自分を再創造するために時空の連続体を旅し、自分の存在の核心に戻る。

死とよぶものの後、アイデンティティを再確立する為に「自分の存在の核心」に入って、霊的な領域を通過し、自分がだれで何であるかを再度知る。

それから、誕生とよぶものの前に、もっとも偉大で最も壮大なビジョンを再創造する為に自分の存在の核心に戻る。自分の存在と表現を次のレベルに引き上げる つまり進化。

物理的な世界で自分の生命・人生を生き、自分自身の経験で自分を知る。
死を通して非常に重く密な存在にはいると、確立した全面的なアイデンティティは失われる。もちろんこれには理由があるが、またの機会に。

そして、誕生とよばれる経験を通し、あの世の経験と同じく、全面的に楽しい経験をする。
再び死に、もう一度自分の存在の核心に入って、再確立、再び霊的な領域を通過し、知ることを通じて自分が何者であるかを表現し、誕生の前に最も壮大で偉大なアイデンティティを再創造する為自分の存在の核心に戻る。その後誕生し、物理的な世界で自分の生命・人生を生き、経験する。
その後、再び死に、もう一度自分の存在の核心に入って、再確立し知る。その後、霊的な領域を通過し、自分が何者であるか知る。
このプロセスが永遠に続く。。。。

「誕生」と「死」は純粋な創造の瞬間。
「生命そのもの」であるエネルギーの微調整が行われ、周波数が上昇して物理的な世界の物体として現れる。
あるいは、振動数が低下して霊的な領域に見えないエネルギーとして現れる。

誕生にあたって持ち込んだエネルギーが物体に変化して物理的な世界に現れる。
死の瞬間には、それと反対の事が起こる。死にあたっては物理的な世界から死へと持ち込んだもので創造し、誕生の際には霊的な領域から誕生へと持ち込んだもので創造する。

もしそうなら、今生で終わりでないなら、今生を、今の瞬間をいい加減な生き方で済ますことはできない!と思う。
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稲盛和夫さんの「生まれてきたときの魂よりも、美しい魂になって死にたい」の言葉が響きます。

いかがでしょうか?あなたは、「それは違うよ!」と思われるかもしれません、恐らくそれも正しいのではと 私は感じています。

読んでくださってありがとうございます。
それではまたお目にかかりましょうね。

Nakamura momoko
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by mgmomoko | 2013-02-17 16:30 | 目に見えないもの