「神社でお祓い」の本当の意味をご存じですか?
こんにちは、こんばんは。

「神社でお祓い」の本当の意味をご存じですか?

私達は、神社に参拝する時、神職の方から、しばしばお祓いを受けたりします。
お祓いを受ける時、私達は気持ちを正して頭を下げ神妙にしています。
この時、いったい私達は何をして頂いているのでしょう。

一般にお祓いと言うと、よく罪・穢れを祓うことだと思われていますが、この罪・穢れとはどういうもので、どうすれば祓われるのでしょう。

そもそも私達が考える罪・穢れと、本来の意味とは、どうも違っているようです。
「罪」とは、私達が考える犯罪というような意味の罪では無く、神さまがお生みに成られた素晴らしい人間本来の姿を包み隠してしまうもの、「つみ(包む身)」。
また、「穢れ」とは、汚いという意味ではなく、日々私達を生かして下さる神さまの尊い「気」を枯らす「けがれ(気枯れ)」ということのようなのです。


そして、この「祓い」というのは、罪・穢れを「除去する」ということではありません。もし、お祓いによって、罪・穢れを除去するのであれば、その罪・穢れはどこに行ってしまうのでしょう。

私達は、理科の授業で、「エネルギー保存の法則」を習いました。ボールを投げ上げ、ボールはもっとも高い所にある時、運動エネルギーは0になり、代わりに位置エネルギーが最高になります。ボールが下に落ちて来る時、位置エネルギーがだんだん小さくなって、変わりに運動エネルギーが大きくなります。
床に落ちた時、位置エネルギーが0になる分、運動エネルギーは最高になり、床を叩きつけます。

つまり、エネルギーは、形を変えるだけで、無くなることはないのです。習いましたね!

だから、罪・穢れをお祓いによって除去したとしたら、その罪・穢れは、横に並んでいる人に移ってしまうかもしれません。
それでは、自分は清らかになるかも知れませんが、隣の人が穢れてしまう可能性があります。

そんなことを天照皇大神さまが、なさるはずがありません!


ですから、「お祓い」とは、罪・穢れを除去するということでもなく、「消し去る」ものでもありません。
再度になりますが、存在するものが消えてなくなるなどということは、本来あり得ないのです。

「除去」でもない、「消し去る」でもない「祓い」とは、いったい何なのでしょう?

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大和言葉では昔「にほん」とは言っていませんでした。「とよあしはらのみずほのくに」と言っていたようです。
「アシが茂って、お米が良くできる国」という意味だったのです。これが、いわゆる大和言葉の原点なので、それを漢字に置き換えてしまった為に、本来の意味が分からなくなってしまったのです。

「祓い」という難しい漢字も、あくまで中国の漢字ですから、この漢字をいくら見た所で、日本人にとっての「はらい」の本当のこころは分からないのです。

本来の日本語の「はらい」の「は」とは、生まれると言う意味。「は」を二つくっつけると「はは」になります。「ら」は、「君ら、ぼくら」の「ら」で、たくさんという意味です。「い」は、いのちです。
ですから「いのちがたくさん生まれる」が、「はらい」の本来の意味なのです。

この世の中の仕組みというのは、全て循環で成り立っているのであって、捨てると言う仕組みにはなっていません。だから、消すとか除去すると言うのではなく、
素晴らしい神さまの力が体の中に入ってくると、今までの罪・穢れが、今度は自分を生かす素晴らしい力に変わって現れて来る。マイナスをプラスに変える働き、それが本当の祓いの意味なのです。
   

                ―( 葉室頼昭先生、大祓い 知恵のことば)より―

なるほど、随分 勝手な解釈で過ごしていました。
あなたは、ご存知でしたか?

それではまた、お目にかかりましょうね!

なかむら ももこ
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by mgmomoko | 2012-05-14 22:32 | 目に見えないもの